今生論
住職 川上英明師
今生論を書いた趣旨は今の人々は本当の人間の原点を忘れて来ているからである。宇宙は無限に膨張しているといわれていますが、私達は、お父さん、おじいさん、その前、、、その前、、、とずっと続いてきている。そして、今度は子供へ孫へと無限大に進んでいる。宇宙も今、無限大に進む一過程である。人間の生命生活というのも無限に進む一過程であり、そこに今と言うものがある。今の中には過去が全部充満している。単に科学的な、物質的な、関係だけでなく環境の変化や人間の意志の力で遺伝子が動いて変わってくるのである。自分はこうなりたい、試験に受かりたい、そういう一念をもってやると、意志の力が大きく変化し遺伝子の目をさませる、そして奇跡が起きる。それを、真言密教では三力加持と言っている。また、火事の時、女の人が、かねがね持てない荷物を持ったり、大きな事件で絶望したとき、髪が一瞬に白くなることがある。そのように人間は心身一体の要素があるのです。人間がどんなに利口になっても、科学が解明しても結局は生死と言うものにたどりつく、そして生きざまとか、思想と言うものは、自分で作っているのだとしか考えざるおえない。そういうものは、化学的には、解明できない。もっとスーパーなものとして存在する。文明がどのように移動しても人間にとって生死と言うものは科学で克服できない問題で最終的には、目に見えないものである。だから何か偉大なものに帰依せざるおえないものである。人間の生命が有限であるかぎり、いろんなことをやってみても、最後にたどり着くのは生死というものです。その生死は科学では、解明出来ないものであり、安心立命を得ようと言う場合には、何かに頼らざるおえない。だから世界中に宗教があるのです。その宗教心が日本では、特に子供達に失わされつつあるので少年犯罪が最近では絶えない。自分が人を殺しても何も罪の意識が全然ない子供の世界になっている。また親たちにも余り宗教心が無くなっている。この様に子供だけを攻めるのでなく親達も責任があるのです。宗教心とは感謝の心を持ちなさい、また慈悲の心を持ちなさいと言うことです。この本を読まれて少しでも皆様に役に立ったら良いと思い書きました。
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