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木田パイパスに8月16日の太鼓踊りの案内がある。
 
 島津義弘公が江戸に行った時,江戸では疫病のコレラが大流行していたそうである。
 いろいろ修験者(しゅげんじゃ)が祈ったり,祈祷(きとう)したりしたそうだが,効果はなかったという。
 そこに、駿河の念仏踊りが練り歩いたところ,下火になった
そこで、その念仏踊りを習って帰り,薩摩藩で工夫され今日の姿になったといわれている。
 
江戸時代の1607年(慶長12年)に始まったと郷土史年表(加治木郷土館)にあある。実に393年続いていることになる。
 なお、昭和33年度は「西別府,小山田,木田,反土それに日木山の各地区別に大体同じであるが極細かなところで多少異なった手際がある。」(「吉左右踊・太鼓踊 加治木町西別府」曽木隆輝著より)とあるので,5地区から集まったもののようである。
 西別府のは吉左右踊りと太鼓踊りがいっしょになったものである。県内に残っているものの中でも珍しいものである。

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