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 水車の所から岩川に行くところの右だとのことで行くと,水が流れている。その用水路をずっと遡ることにした。どこから発しているのかわからないし,途中がどうなっていて,どこあたりからカワニナがいるのかはっきりしないからである。ところが,田圃の所からトンネルになっていて,行けども行けどもトンネルばかりで取り入れ口まで行き着けない。菅牟田橋に出ても,まだ続いている。ずっと下には川が流れている。(下の写真)まだ先だと山の中を歩いていった。 
  これ以上進めないと言うところに出た。(右の写真)
 ここから調べようと調査開始である。流速は40cm/Sであるから,緩やかである。山手の方は昔そのままで,川側の方は崩れたことがあるのかセメントで補強してあった。砂の所にはカワニナは見つからない。
トンネルが多く,先人はよくもこんなに掘り続けたものだと感心してしまう。左の写真のようにちょっと進むとトンネル,ちょっと進むとトンネルと言うようになっていた。
 そして、菅牟田橋に出た。「消防水利」と標識に記してある。(左の写真)用水路であると同時に「防火」のためにも使われているらしい。冬場も水を流されているのであろう。用水路の場合,川と違って稲作りが終わると水は流されなくなるのが多い。そのため,水生生物はいなくなる。でも,ここのように「防火用水」にも使われているところは人里の生活と深く結びついているから,魚もトンボもホタルも生き続けられる。
この用水路は石が見えない。ほとんど粘土質の土を木の根がとめていて,くずれないようにしている。自然のすばらしさである。